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タグ「ニュータウン」の検索結果は以下のとおりです。

緑苑坂

 京都府宇治田原町。宇治茶が特産の町だが、その山間部に「緑苑坂」というニュータウンがある。
 場所は近鉄新田辺駅・JR京田辺駅からバスで40分程度のところ。立地だけ見ると、北摂山間部の各所に代表される「限界ニュータウン」のようだが、どうやら、ここはそういうところではないようだ。


緑苑坂ニュータウン

 緑苑坂にある家々は新しいところが多い。ここ数年の間に新築されたような家も、そこかしこに見られる。今もなお分譲が進められているようで、バブル時の勢いで造成されたニュータウンとは、様子を異にする。


ニュータウン内の一区画

 京都駅まで1時間半、大阪駅まで2時間弱という立地だが、そういった都市部への通勤者がここに住んでいるのかと言われると、必ずしもそうではなさそうだ。
 ニュータウンの外縁部には、数社の企業が立地しており、企業団地「緑苑坂テクノパーク」を形成している。このニュータウンは、その企業団地の造成と合わせて、職住近接型ニュータウンとして作られたものだそうだ。また、国道を挟んだニュータウンの南側には、「宇治田原工業団地」があり、こちらにも数十社の企業・工場が立地している。


ニュータウンから望む宇治田原工業団地

 ニュータウンの入口付近にコンビニが一軒、2、3km離れた町の中心部にスーパーやホームセンターがある。都会並の利便性は望むべくもないが、日常的な買い物くらいなら問題ないだろう。


ニュータウンは高台に位置し、見晴らしの良いところも

 将来的には近くに新名神高速道路のインターチェンジができ、企業団地としてもますます利便性が高くなるという触れ込みらしいが、その可能性は未知数だ。とは言え、まだ発展の余地を残していそうな、そんなニュータウンなのであった。

小吹台


小吹台

 大阪府内唯一の村である千早赤阪村にあるニュータウン。最寄りの河内長野駅まで路線バスで20分ほどで、そしてそのバスもおおむね30分間隔で運転されているため、「村」と言えどそれほど不便なわけでもない。
 村域の端っこ、河内長野市との市境付近に位置し、村役場のある森屋地区からは離れている。「村」という言葉を住所に入れたいがために、ぎりぎり「村」となるところに敢えて造成したような感じだ。


小吹台2

 人口は約2000人で、村民のおよそ3分の1がここに住んでいることになる。
 日頃の買い物は河内長野市などに依存していると考えられるが、ニュータウン内の中心には小規模な商店が数軒建っている。


ニュータウンの中心に何軒か商店がある

月ヶ瀬ニュータウン

 京都府南山城村。京都府の東南端に位置し、府内唯一の村である。山中にあり人口は3000人に満たない程度。そんな村を散策していたら、ニュータウンを発見。


月ヶ瀬ニュータウンの道路の一つ

 「月ヶ瀬ニュータウン」というそうだ。ちなみに、「月ヶ瀬」は本来ここから10km南の奈良県内にある地名だが、名前がきれいだからか、この辺りの施設には「月ヶ瀬」の名を冠するところがちらほらと見られる。
 2010年の国勢調査による人口は1000人弱だそうで、村民の3分の1がここに住んでいることになる。


店舗の並ぶ一帯
シャッターの下りている店が多いのは、日曜に訪れたからか、それとも営業をやめてしまったからか。

 閑静だが人気(ひとけ)はあるし、寂れている印象も特段ない。ただ、都市から見て奥深いところにあり、どういう経緯で作られたニュータウンなのか分からない。

 最寄りのJR関西本線・月ヶ瀬口駅から大阪や京都まで、いずれも1時間半~2時間程度。通勤不可能とまでは言えないが、通うにはなかなか辛いのではないだろうか。
 鉄道や自動車で30分程度の伊賀市周辺に大企業の工場がいくつもあるから、その辺りで仕事をしている人が住んでいるのかもしれない。

能勢ニュータウン(平和台)

 以前、北摂の山中にあるニュータウン「希望ヶ丘」を紹介した(リンク)。「限界ニュータウン」とも言われるこの手の住宅地は「希望ヶ丘」に限らず北摂地域に山ほどあって、今回はその中でも「能勢ニュータウン(平和台)」を訪問した。
 「能勢ニュータウン」はその名の通り大阪府能勢町にある。「大阪のてっぺん」を自称する、大阪府最北の市町村。大阪平野とは山で隔てられた場所にあり、府内では数少ない、のどかな里山風景が今なお残る町だ。このニュータウンはそんな町の、宿野(しゅくの)と呼ばれる地区にある。


 それほど規模のあるニュータウンではなく、家々はざっと見た感じで100軒ほど。1世帯4人としても400人ほどの人口だ。
 山腹に家々が並び、その周囲には「のどかな風景」が広がる。


能勢ニュータウン

 町内に鉄道路線はないので、使える公共交通機関は路線バスに限られる。大阪都心の梅田までは路線バスと鉄道(能勢電鉄、阪急電鉄)を乗り継いで1時間ほど。通えない時間ではないが、路線バスは2時間に1本しかなかったりと、便利が良いとは言いがたい。とは言え、この辺りは道路がちゃんと整備されているので、自動車での移動がメインかもしれない。


ニュータウン内

 昼下がり、ニュータウンの中に人影はほとんどなく、ひっそりとしていた。「閑静」という言葉がまさにふさわしい。荒れ果てているとか、見捨てられてしまっているとか、そういった雰囲気は感じられない。
 ニュータウン内は住宅ばかりで、それ以外の施設や商店は見当たらない。役場などの公共施設の集まる一帯は、ここから約3キロメートル離れたところにあり、諸々の用件はそこで済ませることになる。買い物にはもう少し足を伸ばす必要があり、当ニュータウンから5キロメートルほど離れた栗栖・森上地区にスーパーやコンビニがある。
 都会の延長としてのニュータウンと考えると、かなり不便と言わざるを得ない。しかし、山間の町の一集落として考えると、なかなか落ち着いて美しいところではないだろうか。

◆ ◆ ◆

   実は、この辺りのニュータウンはここだけではない。能勢ニュータウンの前を通る府道を北へ少し行けば、「能勢ネオポリス」という住宅地がある。さらに、この府道をもっと北上し、大阪・京都府境をわずかに越えたところにある亀岡市畑野地区にも、ニュータウンのような住宅地がある。


周辺地図

北大阪ネオポリス(希望ヶ丘)

 北大阪ネオポリス(希望ヶ丘)は、大阪府北部の豊能町は、町役場の存在する余野地区から西へ1kmほどのところにあるニュータウンである。下に、地図を掲載する。


 地図を見る限りはよくあるニュータウンなのだが、ここでぜひ縮尺を小さくしてほしい。そうすると、このニュータウンがとんでもない山奥にあり、孤立の様相を呈していることが分かるだろう。
 なぜこんなところにニュータウンがあるのか。通り一遍の歴史を紹介しておこう。このニュータウンができたのは昭和末期はバブルのころ。将来の好況を見込み、「将来的には鉄道や道路がここまで伸びてくる」「そうすれば土地の値段も上がって資産となる」などという触れ込みで、このニュータウンは生まれた。しかし、バブルも長くは続かず崩壊。目論見はすべて空振りに終わってしまった。都市が発展すれば住宅街はどんどん山の手へ広がっていく。そこを先走りすぎた結果が、この希望ヶ丘なのである。
 立地から分かるように、交通はとても不便で、最寄りの千里中央駅や池田駅までバスで1時間弱かかる。仮に大阪市内まで行こうものなら2時間は見ておかないといけない。また、最寄りの高校や救急病院もやはり1時間ほど離れた場所にあり、日常生活を送るには何かと不便な立地だと言えよう。このような有様から、「絶望ヶ丘」と揶揄されることもあるという。


希望ヶ丘の中心となる通り

 そんな希望ヶ丘に、ある日曜日に訪問してみた。
 訪問してみてまず感じたことは、すでに活力を失ってしまったわけではなさそうだということだ。ニュータウンの高齢化が叫ばれて久しいが、どの年代の人々も偏りなくいるように思われた。街区内には公園がたくさん存在し、その多くでは遊ぶ子供の姿が見られた。ただ、このニュータウンの造成時期が昭和末期であることを考えると、高齢化問題はここからが正念場であるのかもしれない。


街区内の公園の一つ(希望ヶ丘六号公園)

 住民たちが望んでこの地に住んでいるのかは分からない。住宅地としての価値は下がっているため、おいそれと家を売り払うわけにもいかず、不満を抱えながら生活しているのかもしれない。千里中央駅へ向かう路線バスの本数は朝の7時前後に最も多くなる。毎日、長時間の通勤・通学をしていることが窺われる。2007年には千里中央方面へのバイパスとなる箕面有料道路が開通したが、希望ヶ丘からこの道を経由する路線バスはまだ存在せず、旧来の山道を上り下りしているのが現状だ。


住宅街

 希望ヶ丘に希望は残されているのだろうか。周辺施設や交通環境を見る限りは、厳しい状況であると言わざるを得ない。しかし、これはあくまでも部外者が外からの目線でとやかく言っているだけである。周辺の豊かな自然環境であるとか、落ち着いた住環境であるとか、よそ者には分からないこの街の魅力があるのかもしれない。

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