エントリー

2014年12月の記事は以下のとおりです。

蛍の光

  • 2014/12/31 23:44
 「蛍の光」に3拍子版と4拍子版があることに気付く。正確には、3拍子の方は古関裕而編曲の「別れのワルツ」らしい(ソースはWikipedia)。意識して聞くと、閉店のときに流れる音楽はどこも3拍子ばかりだ。そして、今、紅白歌合戦で歌われているのは4拍子。
 今さらな話でした。

北大阪ネオポリス(希望ヶ丘)

 北大阪ネオポリス(希望ヶ丘)は、大阪府北部の豊能町は、町役場の存在する余野地区から西へ1kmほどのところにあるニュータウンである。下に、地図を掲載する。


 地図を見る限りはよくあるニュータウンなのだが、ここでぜひ縮尺を小さくしてほしい。そうすると、このニュータウンがとんでもない山奥にあり、孤立の様相を呈していることが分かるだろう。
 なぜこんなところにニュータウンがあるのか。通り一遍の歴史を紹介しておこう。このニュータウンができたのは昭和末期はバブルのころ。将来の好況を見込み、「将来的には鉄道や道路がここまで伸びてくる」「そうすれば土地の値段も上がって資産となる」などという触れ込みで、このニュータウンは生まれた。しかし、バブルも長くは続かず崩壊。目論見はすべて空振りに終わってしまった。都市が発展すれば住宅街はどんどん山の手へ広がっていく。そこを先走りすぎた結果が、この希望ヶ丘なのである。
 立地から分かるように、交通はとても不便で、最寄りの千里中央駅や池田駅までバスで1時間弱かかる。仮に大阪市内まで行こうものなら2時間は見ておかないといけない。また、最寄りの高校や救急病院もやはり1時間ほど離れた場所にあり、日常生活を送るには何かと不便な立地だと言えよう。このような有様から、「絶望ヶ丘」と揶揄されることもあるという。


希望ヶ丘の中心となる通り

 そんな希望ヶ丘に、ある日曜日に訪問してみた。
 訪問してみてまず感じたことは、すでに活力を失ってしまったわけではなさそうだということだ。ニュータウンの高齢化が叫ばれて久しいが、どの年代の人々も偏りなくいるように思われた。街区内には公園がたくさん存在し、その多くでは遊ぶ子供の姿が見られた。ただ、このニュータウンの造成時期が昭和末期であることを考えると、高齢化問題はここからが正念場であるのかもしれない。


街区内の公園の一つ(希望ヶ丘六号公園)

 住民たちが望んでこの地に住んでいるのかは分からない。住宅地としての価値は下がっているため、おいそれと家を売り払うわけにもいかず、不満を抱えながら生活しているのかもしれない。千里中央駅へ向かう路線バスの本数は朝の7時前後に最も多くなる。毎日、長時間の通勤・通学をしていることが窺われる。2007年には千里中央方面へのバイパスとなる箕面有料道路が開通したが、希望ヶ丘からこの道を経由する路線バスはまだ存在せず、旧来の山道を上り下りしているのが現状だ。


住宅街

 希望ヶ丘に希望は残されているのだろうか。周辺施設や交通環境を見る限りは、厳しい状況であると言わざるを得ない。しかし、これはあくまでも部外者が外からの目線でとやかく言っているだけである。周辺の豊かな自然環境であるとか、落ち着いた住環境であるとか、よそ者には分からないこの街の魅力があるのかもしれない。

セーラー万年筆 ゲルボールペン 0.38mm/黒

 ダイソーで売っているセーラー万年筆のゲルボールペン。100円+税で1本入りなので、特別に安いわけではない。グリップが太いのが特徴で、これがペン回しの世界では重宝されているらしい。ただ、ここではペンとしての性能に着目する。



 書き味は良い。なめらかさは、少しガリガリ気味だが必要十分。発色もしっかりとしている。良い意味でも悪い意味でも特徴がない。

下が水に浸した後
 耐水性には乏しく、水ににじむ。明記されていないが、水性染料インクを使っているものと見られる。

ページ移動

  • 前のページ
  • 次のページ
  • ページ
  • 1

ユーティリティ

2014年12月

- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

新着エントリー

Feed